✴ ◆ー魚津市の年間イベントー
ー毎年4月、魚津市蜃気楼マラソン開催。
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ー毎年5月、魚津市戦国のろし祭り、及び、よさこい魚津祭りが開催される。
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ー5月、魚津市よさこい祭りから。
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ー毎年6月、魚津市長杯、富山湾ー蜃気楼ヨットレース開催。
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ー毎年8月の魚津市最大のじゃとこい夏祭りと諏訪神社ゆかりの海の安全と豊漁祈願のユネスコ登録されたタテモン祭り。
ー魚津市の最大の夏祭り。ユネスコ登録された諏訪神社ゆかりの海の安全と豊漁祈願のタテモン祭り。
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ー8月下旬、女子の全国女子大学野球の試合が魚津市にて開催される。
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ー8月下旬、魚津市の果樹、第一弾、梨祭り、
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◆ー魚津市の歴史紹介ー
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ーウイキョペディアより転用ー ー◆ー沿革と歴史ー
✴ ◆ー時代 編集ー
◆ー縄文文化の分布ー
紀元前4000〜8000年頃(縄文時代初期)、西布施の長引野台地にある桜峠から始まる。この遺跡からは、「押型文土器」が出土。
上野地区の早月上野遺跡では、国内最大規模の縄文中期の環状集落が見つかっている。
◆ー弥生時代 編集ー
この頃、海岸部に群生していた杉の原生林が、片貝川の氾濫により土砂に埋もれる(この頃の海水位は現在よりも低く、当時の杉の群生は現在では海面下に位置する)。
天神山の山頂部から弥生時代末期の土器が出土しており、二世紀末の倭国大乱に関係する弥生時代の山城跡と考えられる。
◆ー飛鳥時代 編集ー
701年から704年頃より、漁業に従事する人たちが定住していて、諏訪大明神を勧請していた(諏訪大社の分霊を奉斎。後に越の大社に改称)。この頃の名称は、大道、あるいは魚堵(読みはともに「おど」)。
702年 – 魚津のある地域は越中国(ほぼ今の富山県域と一致、国府は現在の高岡市伏木)と確定する。
◆ー奈良時代 ー
編集746年(天平18年)のころ、当時の越中守大伴家持が、片貝川、早月川、信濃の浜(魚津海岸の旧称、後述)にちなんだ短歌を詠む。
平安時代 編集
863年 – 越中、越後で大地震が発生し、魚津にも影響する。
◆ー鎌倉時代 編集ー
1326年 – 大洪水により片貝川の流路が大きく東へ蛇行し、独立した河川であった布施川と合流した(蛇行前は現在の吉島小学校、魚津高校、東部中学校、道下小学校付近を流れていた。当時の名残として、中川用水が現在でも存在する)。
鎌倉末期から南北朝時代、角川河口に港が完成。
建武の新政 編集
松倉城周辺の城跡郡
1335年 松倉城や魚津城をはじめとする城群が魚津に築城。
◆ー室町時代 編集ー
1394年頃、松倉金山が発見される(後の加賀藩の重要な金の産出地)
1486年頃、漁民だけでなく、商人、職人、運送人、武士なども定住するようになる。
◆ー戦国時代 編集ー
上杉謙信
1554年 – 天神山城が築城。
1564年 – 上杉輝虎(謙信)が魚津で蜃気楼を見る。
1569年8月 – 前年に続いて越中へ出兵し、椎名康胤を討つため大軍を率いて松倉城を百日間に渡り攻囲する(松倉城の戦い)。
◆ー安土桃山時代 編集ー
1570年(元亀元年)の戦国大名勢力図
1582年3月11日 – 織田信長の家臣の柴田勝家や、佐々成政、前田利家らが、当時上杉景勝の支配下であった魚津城を攻略(魚津城の戦い)、激しい攻防の末6月3日に落城させたが、前日2日、(急報が入るのは4日以降)に本能寺の変が起こり急遽撤退、結果的に信長を殺害した明智光秀の討伐を羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に先を越されることになる。
1582年6月3日 – 魚津城が落城する。本能寺の変で上杉が奪還。それからも織田・上杉による争奪が繰り返される。のち佐々成政の肥後転封により、越中国新川郡は前田領とされ[4]、その後も加賀藩の支配下となる。
1583年まで、松倉城(鎌倉時代に築城)が県東部の中心であった。この城の近くにできた城下町(現在の鹿熊あたり)は、後に北陸街道沿いの魚津城の周辺へ移り、現在の魚津市街の基礎となる。以降から、魚津の城下町は、新川や県東部の中心として発展していく。なお、魚津城は江戸時代はじめごろに廃城となる。
1595年 – 小津が現在の魚津に改称される(1476年という説もある)が、小津の名称は、その後も使用された。
上杉景勝
佐々成政
柴田勝家
前田利家
◆ー江戸時代 編集ー
廃城後の城下町
1648年〜1651年 – 雑木林に覆われていた片貝川流域を開墾するため、高さ20m、長さ300mにわたって盛土し、その上に用水を通す事業が行われる。
1660年 – 魚津町奉行が設置される。
1671年頃、町名を「魚津」に統一(それまでは魚津と小津の併用であった)
蜃気楼 鳥山石燕 『今昔百鬼拾遺』
1780年 – 鳥山石燕の妖怪画集「今昔百鬼拾遺」が発行される。これには蜃気楼も描かれている。
1781年から1788年頃、魚津古事記が発表される。
1858年4月9日 – 安政飛越地震が立山地域で発生し、魚津にも影響する。
◆ー明治 編集ー
1871年12月31日 – 廃藩置県により旧加賀藩領の礪波郡と新川郡を併せ、富山県を新川県に改称、県庁所在地を魚津とする。
1872年9月27日 – 七尾県射水郡を編入。旧越中国が新川県として一つの県となり、県庁が魚津から富山に移る。
1873年3月 – 浜経田小学校、浦方小学校の2校創設(現在の経田小学校である。魚津市域の小学校では最初となる)。
1873年 – 魚津第一番中学校現在の(大町小学校)が創立。
1876年4月18日 – 新川県が石川県に強制編入され、魚津は石川県となる。
1877年 – 魚津町に県内最初の電信分局が架設される。
1878年 – 新川郡が郡区町村編制法により上新川郡・下新川郡の2郡に分割される(後に上新川郡は2つに別れ、中新川郡ができる)。現在の市域を成す町村はすべて下新川郡に所属。
1883年5月9日 – 「明治16年太政官布告第15号 富山佐賀宮崎三縣設置」により、佐賀県、宮崎県の分県とともに、旧越中国一円(越中4郡)を富山県として再び設置。魚津は富山県となる。
1889年4月1日 – 町村制施行により、自治体としての魚津町発足(1950年頃は、人口密度は約15000人と非常に高かった)。
1892年 – 道下尋常小学校をはじめとして市内に多くの小学校が創立。
1899年 – 第三中学校(現在の富山県立魚津高等学校開校)
1908年11月16日 – 官設鉄道北陸線の富山 – 魚津間延伸により魚津駅開業(一般駅)。旧仮名遣いは「うをづ」[5]。
1909年 – 下新川郡魚津町大字金浦町に、魚津尋常小学校(現在の村木小学校)が創立。
1909年10月12日 – 線路名称制定により、魚津駅が北陸本線所属駅となる。
◆ー大正 編集ー
シベリア出兵を伝える日本の画報(救露討独遠征軍画報)
米騒動発祥の地の石碑と修復中の旧十二銀行倉庫
1913年9月1日 – 一府八県連合共進会の第2会場として下新川郡魚津町大町(現・魚津市新角川)に初代魚津水族館創設(現存する日本最古)。
1914年5月 – 魚津水族館が魚津町に払い下げられ、以来1918年 – 1930年に民間により運営していたのを除いて、ずっと町立の水族館として運営してきた。東京帝国大学の水産動物研究所も併置されており、多くの国内外の学者が訪れた。
1914年8月13日 – 嵐の際に停電となった初代魚津水族館で、世界で初めてマツカサウオの発光が発見される。
1918年7月23日 – ロシア革命に対する干渉出兵であるシベリア出兵へ日本が動く中、戦争特需を狙った売り惜しみで米価が暴騰。7月22日、疲弊していた魚津の主婦たちが魚津港から北海道への米の輸送の動きを察知し、更なる米価高騰を防ぐ為、翌23日、米の船積みを中止し、住民に販売するよう嘆願した米騒動が大町で起る。騒動は連鎖的に全国へ広まり、最終的には軍により鎮圧されるが、寺内正毅内閣が退陣して原敬率いる立憲政友会内閣の誕生に至る。
1918年8月7日 – 米騒動を全国に打電した「高岡新聞」が発禁となる。
1921年 – 魚津高等女学校開校(後に魚津高等学校と統合する)
◆ー昭和(戦前) 編集ー
1927年 – 魚津町役場が旧下新川郡議会議事堂の建物を県から借り受け、移転。市制施行以降も1967年まで市役所として使用してきた。現在、跡地には富山県魚津総合庁舎が建つ。
1930年 – 魚津港改修工事の際、魚津埋没林が発見される。
1935年 – 本新に日本カーバイド工業魚津工場設立。
1936年6月5日 早月駅 – 電鉄魚津駅間が開業。同時に西魚津駅も開業。
1936年8月21日 電鉄魚津駅 – 魚津駅(現在の新魚津駅)間が開業。
1936年10月1日 – 富山電気鉄道が西三日市駅(現在の電鉄黒部駅)まで延伸し、経田駅が開業。
港の近くに存在する経田駅
1936年魚津埋没林が国の天然記念物に指定される。
1938年3月31日 – 魚津港(北地区)完成。
1941年 – 魚津漁業協同組合が設立。
◆ー昭和(戦中) 編集ー
1943年(昭和18年)1月1日 – 会社合併により富山電気鉄道の駅は富山地方鉄道本線の駅となる。
1943年 – 市街地西部で大火発生。
1944年3月 – 魚津水族館が太平洋戦争の影響で閉館。
1945年8月2日 – 富山大空襲の消火のため、市内をはじめ県内外から富山市へ消火隊を出動させる。
◆ー昭和(戦後) 編集ー
YKKのジーンズファスナー
1945年 – 東京大空襲で工場が焼失した吉田製作所は吉田忠雄社長の郷土である魚津へ引き揚げ、上村木で工場を再建。社名を吉田工業株式会社(現:YKK)と変更。
1947年4月19日 – 「魚津中学校」、「海望中学校」、「加積中学校」、「角川中学校」設立。
1947年11月1日 – 昭和天皇が国内巡幸で魚津港で漁民に言葉をかけ、国鉄魚津駅では早場米の積み出し作業を視察した。
1948年10月1日 魚津町外10か村学校組合立として、海望中学校と加積中学校が統合し「魚津東部中学校」、魚津中学校と角川中学校が統合し「魚津西部中学校」が設立。
1950年 – 大町小学校で火災。
1951年4月 – 魚津港が地方港湾に指定される。
1952年4月1日 – 下新川郡内11村と新設合併・市制施行し、魚津市となる。
1952年5月 – 市議会議員及び市長選挙が執行。初代市長に金光邦三が当選する。
1952年7月 – 豪雨による大水害が発生。
1952年9月 – 上水道工事に着工。
1952年12月 – 魚津 – 富山間に電話ケーブル線が完成。青島に市営住宅10戸完成。
1953年9月 – 前年に続き、水害が発生。
1953年11月 – 片貝・天神地区に有線放送施設が完成する。
1953年12月 – 上水道が一部完成。
1954年4月 – 富山産業博覧会の魚津会場として、二代目の水族館(市立)が初代水族館跡近くに開館。当時は日本海側最大の水族館で、ホタルイカの標本を展示する『ほたるいか館』もあった。
1954年4月 – 魚津駅が2代目の現駅舎に改築。
1954年10月 – 白倉隧道が開通。優良合併都市として表彰される。
1955年 – 魚津埋没林が国の特別天然記念物に指定される。
1956年9月10日 – 午後7時45分頃、魚津市内で大火が発生(魚津大火)。市街地の北半分を消失。
1957年 – 都市計画事業と商店街の防火建築帯工事が行われる。魚津中央線(現:22m道路)を道幅22mにする工事が始まる。
1957年3月 – 下水道工事が着工。
1957年4月 – 市章が決定。
1958年5月 – 富山労災病院が開院する。
1958年8月16日 – 富山県立魚津高等学校が甲子園に出場。「しんきろう旋風」が巻き起こる中、ベスト8の好成績をおさめる。
1958年10月 – 富山国体開催(開会式が魚津市営テニスコートで行われる)。魚津会場ではラグビーとバレーボールが行われた。
1958年10月20日 -昭和天皇・香淳皇后が村木小学校屋上で災害復興状況を視察。
1959年 – 4月から財政再建団体の指定を受ける(1964年3月まで)。
1959年9月30日 – 魚津駅構内拡張工事完成。この際、付近にあった北鬼江踏切が撤去され、かわりに歩行者用の歩道橋が設置された(この歩道橋も1995年ごろに撤去)。
1961年 – 旧市立図書館完成。下水道が一部完成。市内の電話が自動化される。片貝川の治水事業として河川改修に着手。
1961年9月6日 – 市営吉田グラウンド完成(当時は画期的な300mトラックの8コースの競技場)。
1961年10月14日 – 魚津水族館に皇太子(現・今上天皇)夫妻が来館。
1962年1月 – 魚津補助港(南地区)完成。
1962年4月 – 市内の国道8号(現在の県道135号線)が全線開通する。
1962年5月 – 旧魚津消防署庁舎完成。
1962年6月 – 魚津産業文化会館完成(現在は解体され、跡地に市立図書館が建設)。
1962年12月 – 本江小学校に市内初の学校プール完成。
1963年1月 – 昭和38年豪雪。
1963年7月 – 魚津 – 宇奈月大規模林道別又僧ヶ岳線が着工。
1963年8月26日 – 陸上自衛隊中央音楽隊が、村木小学校で演奏後、中央通りをパレードする。
1963年10月 – 市町村建設計画による大谷〜坪野〜北山循環道路が完成。
1964年3月 – 県農業試験場魚津果樹分場が完成。
1964年4月 – 神明交差点に市内で最初の信号機を設置。
1965年4月 – 魚津市農業協同組合が発足。
1965年5月 – 北陸本線複線電化高架工事が着工。この頃から、魚津駅前の市街地化が始まる。
1966年3月 – 魚津公共職業安定所庁舎が完成。
1966年12月 – 旧魚津税務署庁舎が完成。
1967年3月 – 富山地方裁判所魚津市部庁舎が完成。魚津市農協会館が完成。
1967年6月 – 西部中学校にプラネタリウム完成。
1967年9月1日 – 富山地方鉄道本線高架線が開通し、電鉄魚津駅ビルが完成。ステーションデパートが営業を開始する。
1967年10月16日 – 現在の魚津市役所本庁舎が完成する。
1968年4月 – 魚津労働基準監督庁舎が完成。大町幼稚園が開園する。
1968年9月 – 市内のJR北陸本線高架が完成する。市内にセスナ機が墜落する。
1969年10月 – 北陸本線複線電化工事完了。
1970年 – 駅前都市計画事業が行われる。これにより、魚津駅から国道8号線(現:県道135号線)まで、幅30mの道路が完成する。
1970年8月 – 第一回魚津観光まつり(現在のじゃんとこい魚津まつり)が開催される。富山県魚津総合庁舎が完成。
1971年3月 – 魚津郵便局舎が完成。
1971年4月 – 富山地方検察庁魚津市部庁舎が完成。新川広域圏事務組合が設立。新川育成牧場が開牧。
1972年3月 – 魚津商工会議所会館が完成。
1972年 – 道下小学校の校舎中央部の大半を全焼。
1972年10月5日 – たてもんが富山県有形民俗文化財に指定。
1973年 – 魚津国際カントリークラブが開場。高岡日本大学高等学校魚津校舎(現在の荒井学園新川高等学校)が開校。
1973年4月 – 魚津労働者開館が完成。
1973年10月 – 歴史民俗資料館が開館。
1974年4月 – 魚津市交通センターが発足。
1974年8月 – 魚津市学校給食センターが完成。
1975年7月 – 魚津市総合体育館が完成。魚津市栄野球場が完成。
1975年10月 – 市の花「カノコユリ」、市の花木「つつじ」、市の木「まつ」が制定される。
1977年9月 – 魚津駅前駐車場に電動パークロック設置。
1978年3月 – 法務局魚津支局庁舎が完成。保健所庁舎が完成。
1978年4月 – 富山職業訓練短期大学校(現、北陸職業能力開発大学校)開校
1978年9月 – 盲人用信号機を中央通りの神明交差点に設置。角川ダムが完成。
1979年3月 – 総合体育館に室内温水プール完成。
1980年4月 – 洗足学園魚津短期大学開校(2002年に閉校。現在建物は、新川学びの森天神山交流館として活用している)
1980年5月 – デイサービスセンターがオープン。
1980年9月 – 住民登録人口5万人突破。魚津駅西地区土地区画整理事業開始。
1980年10月 – 魚津水族館老朽化を理由に閉館(跡地には大町公民館とこばと児童センターが建っている)。
1981年4月10日 – 3代目(現在)の魚津水族館が現在地の三ヶ(魚津総合公園敷地内)に開館。日本で初めてトンネルのある水槽や波の出る水槽を取り入れた(現存)。
1981年4月 – 第1回しんきろうロードレース大会開催。
1982年4月 – 魚津ミラージュランドオープン。
1982年10月 – 魚津地域職業訓練センター完成。
1983年 – 魚津駅東口に「うまい水」を設置。
1983年8月 – ミラージュプール(流水プール)完成。
1983年12月13日 – 北陸自動車道魚津インターチェンジが供用開始。これにより米原・関西方面へのアクセスが容易となる。
1984年2月1日 – 魚津駅にコンテナホーム設置。
1986年11月1日 – 魚津駅での荷物の取扱を廃止。
1987年4月1日 – 国鉄分割民営化により、魚津駅は西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。
1987年10月 – 桃山運動公園野球場が完成(記念試合はイースタン西部対ヤクルト戦)。桃山野球場で第1回全日本大学女子野球選手権大会が行われる(毎年、桃山で行われる)。吉田記念郷土館が完成。
1988年3月 – 非核平和都市宣言。
1988年: 北陸自動車道全線開通により、新潟方面各地と結ばれる。これにより関東や東北へのアクセスが容易となる。
1988年12月 – 国道8号線魚津バイパス一部開通(本江 – 相木間)。
◆ー平成 編集ー
1989年3月 – 雷鳥16号大阪行きが魚津駅始発となる。
1990年1月 – 魚津を舞台としたNHK連続テレビ小説「凛凛と」の魚津ロケが開始。
1990年4月2日 – 9月29日 – 「凛凛と」が全国で放送される。
1990年8月 – 県道富山魚津バイパス開通。
1991年4月 – ミラージュランドに日本海側最大の観覧車が完成。
1991年9月27日 – 28日 – 台風19号により加積リンゴが3億4200万円の被害。
1991年10月 – 桃山運動公園陸上競技場が完成。魚津市公共下水道事業、浄化センターが一部で併用開始する。
1991年11月 – 新川広域農道(スーパ農道)室田=湯上間が開通。
1991年12月 – 魚津駅東口カラー舗装が完成する。イルミラージュUOZUが点灯。
1991年 – 日本カーバイド工業引き込み線が廃線。
1992年4月 – 魚津埋没林博物館(ねっこランド)がリニューアルされる。
1993年6月 – 魚津都市計画道路北鬼江吉島線立体交差竣工。
1994年 – 国道8号線魚津バイパスが暫定2車線にて全線開通。
1994年11月 – ミラージュホール(新川文化ホール)がオープン。
1995年1月 – 魚津駅西口ロータリーが完成する。魚津駅地下道が開通。北鬼江の跨線橋が撤去される。
坂本一家の碑(別又谷山中)
1995年3月 – 地方拠点都市地域に移行。同年9月、坂本弁護士の妻の遺体が僧ヶ岳林道沿い別又の山中で発見される(坂本堤弁護士一家殺害事件を参照)。
1995年4月1日 – 富山地方鉄道の魚津駅を新魚津駅に改称。
1995年7月 – 建設省よりエコシティの指定をうける。
1995年11月 – 天神山トンネルが開通。
1996年3月16日 – 魚津駅での貨物列車の発着が無くなり、自動車代行駅となる。
1996年9月=10月 – 国民文化祭とやま’96富山国際演劇祭・国際こども演劇祭開催。
はくたか
1997年3月22日 – 魚津駅に越後湯沢行きの特急「はくたか」が初停車。北陸から陸路で東京まで2時間台で行ける唯一の駅となる。
1997年12月15日 – 「たてもん」が国の重要無形民俗文化財に指定。
1998年2月 – 東部中学校武道場(東風館)竣工。
1998年7月3日 – ありそドーム(魚津テクノスポーツドーム)完成。
1998年11月 – 1998バレーボール世界選手権男子魚津大会開催。
1998年12月 – 魚津駅東口アーケード完成。
1999年9月 – 魚津合同庁舎が完成。
1999年11月 – NICE TV(ケーブルテレビ局)開局。
2000年1月 – 西部中学校武道場(翔嶺館)竣工。
2001年 – たてもん祭りがホノルルフェスティバル2001に参加。
2002年 – 市制50周年記念行事。たてもん祭りがホノルルフェスティバル2002に参加。
2003年 – 国道8号線魚津滑川バイパスが魚津市慶野 – 滑川市大掛間(3.4km)暫定2車線で供用開始。これにより魚津以西が全線開通。* たてもん祭りがホノルルフェスティバル2003に参加。
2004年2月16日 – 海の駅蜃気楼(みなとオアシス)がオープン。同時に鮮魚管理施設・水産物卸売市場である魚津おさかなランドがオープン。
2005年3月 – 市民会館跡地に、市立図書館がリニューアルオープン。
2005年12月 – 2006年1月 – 平成18年豪雪。
2006年4月1日 – JR貨物魚津駅が魚津オフレールステーションの名称を使用開始。
2007年4月24日 – 魚津港周辺が、みなとオアシスに指定される。
2007年11月1日 – 海の駅蜃気楼の営業開始後初となる第一回朝市が開催。
2008年11月16日 – 魚津駅開業100周年記念行事を東口ターミナルにて開催。
2010年4月6日 – 魚津商工会議所ビル(インテリジェントビル)が竣工。
2010年10月22日 – クマの被害や目撃情報が多発したため、「クマ出没非常事態警報」を発令する。
2012年 – 市制60周年を迎えるにあたり、記念事業として「全国山城サミット」を行う。魚津駅、新魚津駅、電鉄魚津駅と周辺の整備を開始する。
2013年6月3日 – 電鉄魚津駅の現駅舎が完成。
2015年3月14日 – 北陸新幹線長野-金沢間が開通。同時にJR北陸本線の市内区間は「あいの風とやま鉄道」となる。
2016年4月6日 – 魚津市立吉島小学校・魚津市立片貝小学校・魚津市立西布施小学校の3校が統合し魚津市立清流小学校発足。
2017年5月28日 – 第68回全国植樹祭「とやま2017 かがやいて 水・空・緑のハーモニー」が開催される(県内では48年ぶりの開催となる)。
構想・計画・予定 編集
2018年 – 魚津市立大町小学校・魚津市立村木小学校、魚津市立本江小学校、魚津市立上野方小学校の4校が統合し、魚津市立よつば小学校発足。
2019年 – 魚津市立住吉小学校・魚津市立上中島小学校、魚津市立松倉小学校の3校が統合。
2023年 – 魚津市立道下小学校・魚津市立経田小学校の2校が統合。これにより市内の小学校は4校となり統合が完了する。
2035年 – 魚津城や松倉城などが、築城700年を迎える。
以上
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◆ー2017年現在の魚津市概要からー
●魚津市は、富山市の市街地より北東に約22kmに位置する日本海(富山湾)に面した都市である。
●旧越中国の一部であり、かつては北陸街道の宿場町、富山湾の港町、魚津城等城郡の城下町、寺社群の門前町、商業・産業都市として栄えた。現在は新川地方中核都市圏である魚津都市圏の中心都市であり、富山県における7番目の人口規模[1]。
●市内の多くが立山黒部ジオパークである。沿岸地域は世界で最も美しい湾クラブに加盟した富山湾に面し、蜃気楼、ホタルイカ、魚津埋没林(国の特別天然記念物)が有名。また、漁業が盛んであり、北洋漁業の根拠地となっている。ホタルイカが水揚げされる富山市から魚津市にかけての富山湾沿岸は、特別天然記念物に指定されている。周辺都市に比べ大型の郊外型商業施設の出店が多い。また、あいの風とやま鉄道線と富山地方鉄道本線の乗り換えが可能なため、立山黒部アルペンルートや黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)など観光地への交通の要衝であり、乗り換え客や宿泊施設が多い。
●市名は、大道、魚堵(をど)→小戸ヶ浦(をどがうら)→小戸(をど)→小津(をづ)と変わったのが、魚の産地ということで「魚津」となったのが由来である(小津と大津の発音が紛らわしいからだとも言われている)。また現在は「うおづ」であるが、戦後すぐまでは「うをづ」と表記しており、昔は「を」を「うぉ」と発音した時期があったことから、「表記:をづ(発音:うぉづ)」から「うおづ」になった可能性がある。一部の地元の人の発音では「うぉーづ」と聞こえる。ローマ字表記ではUODU(うおづ)ではなく、UOZU(うおず)となる。市内の多くでは魚津弁が用いられる。
●市のマスコットキャラクターは「ミラたん」で、2012年の市制60周年に合わせて一般公募により採用された[2]。
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◆ー観光案内センターの1つとして、駅前に魚津市観光案内所がある。
✴ーぜひ、魚津市の観光に気軽るにお立ち寄り活用下さい。皆様をお待ちしております。!!ー
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✴ー◆魚津市の食の魅力から◆ー
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◆ー魚津の味覚を代表するバイ飯、2017年のB級全国グルメ大会にてグランプリ賞獲得する。ー
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ーーーーーー ( 春季 )ーーーーーーー
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●ー春季の名物、ホタルイカです。色々な調理方法で皆様へ提供されている。
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✴ ー夏季ー
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●ー富山湾の新鮮な岩牡蠣ー
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◆ー多くの魚津市民に支持される、愛される味の魚津梨、大型の梨はみずみずしく味も最高に美味しいです。各農園の前でも販売されて買う事が出来ます。
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✴ ー秋季ー
●また魚津市民の自慢の味の加積りんご
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✴ ー冬季ー
●富山湾の冬の味覚を代表する寒ぶり
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●富山湾の冬の名物と味覚の紅ズワイガニ (別名、富山の高志のカニ)とバイガイ
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◆ー魚津市の名物、朝どれ新鮮なバイ貝ー
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◆ー「プリプリの身に濃厚な肝!ウマヅラハギ~富山 魚津市~」ー
(富山の新しい冬の味、ウマヅラハギ。定置網漁で取り、12月から2月にかけての厳冬期に旬を迎える。プリプリとした身に濃厚なうまみの肝を合わせれば、食通をもうならせる味わい。漁場の富山湾は岸近くから急に深くなっているため、港から定置網までの距離が近く、魚を元気なまま港に持ち帰ることができる。ウマヅラハギのうまさの秘密に迫る。)
●ー冬の魚津港に水揚げされる大振りなカワハギ、毎朝せりで値段をつけられ大都会の皆様へ出荷されている。こんな大振りのカワハギは珍しく美味しいでしょう。
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◆ー年中、魚津市にて、お買い物と味覚を楽しめる物産紹介ー
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●ーニギシの干物
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●ー刺身の昆布巻き
ー●その中身の刺身ー
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◆ー食べ歩きの魚津市紹介ー
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◆ー魚津市の商店街紹介ー
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◆ー魚津市の食を紹介ー
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◆ーー魚津市の夜の賑わいー
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ー◆ー魚津市の見どころからー
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●ー魚津市のおすすめ場所ーその1ー
✴ ー魚津市魚津港、海の駅の朝市ー
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◆ー魚津市での温泉体験ー
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●ー魚津市での銭湯体験ー
✴ ー 魚津市で上記のように、銭湯を体験してみよう!!ー
ー●おすすめの銭湯です。ー
●ー名前は、満天の湯、魚津店です。富山、金沢にもあります。ー以下、この銭湯の中の10枚の写真があります。ご覧下さい!!
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◆ー魚津市の神社と仏閣からー
● ー魚津市の神社からー
●魚津市にはたくさんの神社と仏閣があります。以下に紹介します。
● ー神明神社ー
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✴◆ー魚津市のおみやげの数々ー ◆
ー●おすすめ品からー
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